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左翼は偽善者、保守派は正義

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だよね?

343

福田が用紙とペンを手に席に戻ったところで 椎名は裁定を読み始めた。うまい読み方ではない。いつものぎくしゃくした語調だった。
「私は新総裁の選出と政局収拾の方途について 真剣かつ率直な話し合いを続行し ご意見は十分に承りました。
何よりも誰が総裁に選出されようとも、我執を捨てて挙党協力すべきであるという愛党の申し合わせが得られたことは 当然とはいえ強い感銘を受けました。国家のために ご同慶にたえません。
わが党は結党以来 最大の危機に直面しており、この克服には党を解党して第一歩より出直すに均しい厳しい反省と 強い指導力が要求されております。
私たちは現下の大事に処するに 非常の責任と使命を担っております。
私は副総裁の立場から 新総裁の選出について調整せよという党の総意を体して 本日まで私情を去り 全力を傾けてきたものであります。
選考方法で完全な合意をみざることは遺憾ではありますが、しかしこれまでの調整の経過に鑑み『話し合いによって円満に新総裁を選出すべし』という要望が 党論の大勢であると判断致します。
政治の空白は一日たりとも許されません。

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この見地に立ち 私は国家、国民のために、神に祈る気持ちで考え抜きました。
この未曾有の難局は いかに非凡であっても、よく一人の力をもって打開できるものではありません。足らざる所は全党員が一致結束して協力し 相補うより他ありません。
新総裁は清廉なることはもちろん 党の体質改善、近代化に取り組む人でなければなりません。国民は わが党が派閥抗争をやめ、近代政党への脱皮について 研鑽と努力を怠らざる情熱をもつ人を待望していると確信致します。
このような認識から、私は新総裁にはこの際、政界の長老である三木武夫君が最も適任であると確信し、ここにご推挙申し上げます」
この三木推挙のくだりのところで 実力者四人の心底にあがった吐息― 意外、落胆、うなずきの音が聞こえたように思われた。それをすぐ声に出したのは 三木であった。
「青天の霹靂だ……」
すかさず中曽根が
「椎名副総裁の裁定について 別室で三木さんと個別の会談をされたらいかがです」といった。
これを承けて三木は
「福田君、お願いする……」といって腰をあげた。福田も立ち上がった。

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皆にその表情をみせることなく 肩を揺すったような歩き方で― この時はその揺すり方がいつもより激しいようであったが、三木の後に続いて隣の応接室に入った。椎名もこれに続いた。三人が椅子に腰を落ち着けると 三木は
「福田君。ご承知いただけるかね」と問いかけた。福田はやや尖った声で
「副総裁の裁定は尊重する」と答えた。
― 昨夜の三木という情報は やはり正しかったか……。
ただそれだけが福田の脳裏を領していた。
後に残されたのは中曽根と大平だった。三人がドアの向こうに消えた時、はじめて大平が ありありと不満げに
「いったい どうなんだね?」と中曽根に訊いた。
「まあ やむを得んじゃないですか」
中曽根は普段通りの態度と語調で答えた。
向こうのドアが開き 福田が入ってきてこういった。
「中曽根君。君の番だ」
中曽根と入れ替わって福田がもとの席に戻ったところで 大平は
「これはどういうことなんだ?」と訊いた。福田は唇を歪めた形で答えた。
「仕方あるまいな。こういうことなんだ」
大平はそれで 福田が椎名裁定を承知したことを知った。大平は愕然とした。
― 仕組まれていた……。おれだけが取り残されていた……。

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最後に隣の応接室に呼ばれたのは大平である。三木、椎名の前に腰をおろすと 三木はこういった。
「大平君。椎名さんの裁定はこういうことになったが……僕もこうなるとは知らなかった。全く意外なことだった」
椎名が口をさしはさんだ。
「大平君。どうかね?」
「考えさせていただきたい。派に帰って相談せねばならんので……夕方まで待ってもらいたい」
この間― 福田と中曽根と 総裁室で二人きりになった。
「まあ 一緒に行こうや」
今は福田も恬淡としてそういった。中曽根も
「よろしく……。あの時は若気の至りで」といった。47年の総裁公選で中曽根が田中支持に廻ったこと― それをあの時は……といった。
「いや こちらも……だよ」と福田はうなずいた。
椎名は四人を待たせて 副総裁室で田中派会長の西村英一を呼んだ。椎名は裁定文を手渡した。眼を通したあと西村は
「……話し合いというから四人以外から出すかと思っとった。あんたの努力は有り難かったが 返事は一応保留だ。角さんにも諮らねばいかんのでね」
しかし実際には 西村もこれで承知したという態度だった。
総裁室に椎名が戻って五人揃ったところで、三木は受諾のメモを読み上げた。

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「私としては夢想だにしなかったことだが 内外が未曾有の難問を抱えている際、推挙を受けたことは政治家として光栄これに過ぎるものはない。ここには前回の総裁公選で次点の福田赳夫氏もいるにもかかわらず 推挙を受けたことは僭越の感じもする。
しかし時局が一日もゆるがせにできないことは副総裁のご趣旨の通りであり、私も37年間 議会政治家の途を歩んできている以上、このさい国家、国民のため 一身を擲つ決意もできている。
ここにいる各領袖が心から協力してくれなければ この難局を打開できないし さらに全党員の支持を受けなければ危局の打開は困難である。この点は副総裁の措置に委ねるとしても 少なくとも各総裁候補の協力がなければ この難局は打開できない」
この原稿は昨夜と今朝と 三木が練り上げて書いたものであった。椎名が
「諸君、異議ないかね」と あとの三人に問いかけた。
「異議なし……」と福田、中曽根は答えた。独り大平が先刻同様 憮然と
「夕方まで待ってもらいたい」といった。

西村から椎名裁定を聞かされた二階堂は すぐに田中と電話で連絡をとった。このとき田中は飯能市で秘書官たちとゴルフを楽しんでいた。

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12月1日、党本部副総裁室には党三役と私、それに田村さんがいた。そこへ椎名さんが入ってきた。二階堂さんは「色々お考えだと思うが総裁を指名する前に われわれ三役には胸の内をお聞かせ願いたい」と申し入れた。椎名さんは分かったのか分からないのか「ウン ウン」と言っている。
やがて女性職員が「皆さん お揃いです」と候補者が集まったことを告げた。椎名さんは「そうかい」と顔をなでて「ちょっとトイレに行ってくる」と立ち上がった。当然こちらに戻ってくると思っていたが 反対側のドアから候補者のいる総裁室に入ってしまった。あれあれと思っているうちに椎名さんはお経、すなわち裁定を読んでしまった。
納まらないのは三役で 勝手にしろと飛び出していった。そこへ椎名さんが戻ってきて「三役はどうした」と言う。「お経の内容を知らせずに読んでしまったから 怒って出て行った」と伝えても「ああ そうかい」と平然としたもの。「後をまとまるのはキミの役目だ。頼んだよ」と言い残してさっさと帰ってしまった。ちょっとこのまねはできない。
椎名裁定で党内は三木一色になってしまった。私はえらいものだと思うばかりだった。

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二階堂進は田中角栄内閣の幕引き時に28日間だけ幹事長を務めている。田中後継選びの椎名裁定の時だった。
二階堂に関して思い出すことがある。当時、二階堂は椎名悦三郎副総裁らと共に当選回数別会議、顧問会議などを断続的に開き 後継問題について党内の意見集約に当たっていた。なかなか一致点が見出せない中、顧問会議では「岸信介、石井光次郎、佐藤栄作の三長老の意見をもとに後継を決定すべし」との結論に至る。
しかし顧問に主導権を握られることを嫌った椎名は「それでは三長老のご意見をお聞きしないというのではなく 党内皆様の意見を参考にしつつやって参ります。本日はこれで終わります」と何を言っているのか分からない言い回しで顧問会議を打ち切り、結局 三長老云々の話は曖昧にしてしまった。実際 長老に意見を言わせることもなく椎名裁定へと持ち込んだのである。
椎名は後継に三木武夫を指名。これを聞いた二階堂は「幹事長ごたるおいも知らんど」と怒鳴るような大声を上げた。だが直後に党本部を出るためにエレベーターに乗った椎名は 扉が閉まると「二階堂君も怒り方がうまくなったなあ」とつるりとした顔で言い放った。

350

初日の会談はおそろしく時間がかかった。「事局は重大だから後継者は話し合いで決めよう」と最初に椎名が切り出して一同の了承を得、まずワクがはめられた。
翌日からいよいよ椎名と各実力者との個別会談が始まる。
11月29日は椎名・大平会談だった。
会談を終えた大平は記者会見を行い「椎名から提案があった。来年7月の公選まで椎名暫定総裁で行かれないか ということであった。私はこれを即座に断った。明日10時から四者会談は続行する」と発表した。これは重大な内容を含むものだ。
翌30日、椎名、福田、大平、三木らの会談は断続しつつ夕方4時まで続いたという。

12月1日、椎名副総裁は三木武夫を後継総裁に裁定した。私は「福田がこれを拒否するだろう。これで公選になる」と楽観していたが、福田はあっさり受けてしまう。万事は決した。三木が総理総裁だ。何ともいえぬ複雑な気持ちだ。
その日は日曜日だったので私はテレビを見て成り行きを見守るしか方法がない。午後3時すぎ毎日の久保記者から電話で「大平が軟化し始めた。すぐきてくれ」といわれ宏池会へ急行した。
4時すぎに着いたが大平はいない。

351

「三木を指名しました」という二階堂からの話を耳にした時
「決まったか。三木にね。椎名の爺さんも なかなかやるねえ」といった。
「反対する者はおらんだろう。そうなれば、もうハーフ廻るか……」
しかし西村、二階堂から
「すぐ戻って下さいよ」と相次ぐ催促の電話があった。
田中が目白の私邸に戻ると、そこには大平が待っていた。五者会談の後、大平は宏池会に戻って報告し、すぐに目白に飛んできたのだ。午後1時半を回っている時間だった。田中はゴルフに行っていて不在であった。
「待たしていただこう」と大平はそこに腰を落ち着けた。
― もはや抗すべき術はあるまい。
― 反対して公選を突っ張っても 自分は孤立に追い込まれる。公選に持ち込んで勝ってみても 三福が脱党する。
― 田中退陣後の政局は難しい。党が大混乱に陥れば、たとえおれが政権の座に着いたとしても……どうにもなるものでもない。
20分、30分と一人で田中邸に落ち着いているうちに 大平も観念の心境に達していた。田中が戻ってきた時― 大平は「椎名裁定、やむを得ん……と思う」といった。
「うむ、仕方ないさ。例えていえば51対49……最後のところで逆転されたんだ」

352

田中は乾いた語調でそういった。が その後はしんみりした話し方になった。
「この際は三木君で行くのが妥当だ。次が本当に君の勝負だよ。その時は一緒にやろうや。が 総理総裁になるというのは……所詮 運命なんだ」
田中は一人でうなずきながら そういった。そのうなずきを大平もまた素直に承けて うなずかないわけにはいかなかった。
田中自らはこの時
― おれは大臣、実力者は その人物の力量、器量、努力でそうなれる。しかし総理総裁になるには半分以上 運命だ……と思ってきた。おれが総理総裁になったのも 運命の作用だと信じてきた。
― 今、総理総裁の目はないとみられ そういわれてきた三木に総理総裁の椅子が回ったというのも 一つは時代のせい、一つは椎名工作の妙であったとしても、やはりその底部に運命の不思議な作用があったのだ。大平が今、政権を逸したのもそれだろう。
― おそらく当の三木自身、その運命というものを……或は おれ以上に感じとり噛みしめ 味わっているのではあるまいか。
政治家の運命というもののいい知れない厳しさ、恐ろしさを 田中は吉田学校以来30年の過去の中に凝視するような眼差しであった。

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